津島神社

神聖な場所(神社等)

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楼門からの参拝と南門からの参拝

楼門・東駐車場方面から参拝~

【東の鳥居】
【東の手水舎】
【東の龍神像】

南門・南駐車場方面から参拝~

【南の鳥居】
【鳥居と南駐車場】
【南の手水舎】
【龍神像と花手水舎】
【手水舎と南門】
【南門】

津島神社ってどんな神社?

【本殿】

【神社名】津島神社
【鎮座地】愛知県津島市神明町
【御祭神】建速須佐之男命【▶︎建速須佐之男命ってどんな神様なの?参考】
[御相殿]大穴牟遅命(大国主命)【▶︎大穴牟遅命ってどんな神様なの?参考】

【例祭等の行事】
*七草祭(旧正月七日間)
*祈年祭(三月十七日)
*例祭(六月十五日)
*尾張津島天王祭(宵祭) 提灯祭(七月第四土曜日夜)【▶︎尾張津島天王祭参考】
*尾張津島天王祭(朝祭) 車楽船祭(七月第四日曜日朝)
*新嘗祭(十一月二十三日)
【※看板『津島神社由緒あらまし』より出典】【▶︎津島神社-Wikipedia引用】

【看板『津島神社由緒あらまし』】

【由緒】
津島神社は古くは津島牛頭天王社と申し今日なお一般に「お天王さま」と尊称されております。大神は国土経営・産業開発にお力を致され民生の安定に限りないご仁慈を垂れさせられた御神徳は広大でありますが、わけても津島のお社は人の身に起こる災厄と疫病(はやりやまい)除けの守護神として、また授福の大神としてあまねく世に知られて居ります。社伝によれば当社は欽明天皇元年(540年)のご鎮座で弘仁元年正一位の神階と日本総社の号を奉られ、一条天皇の正歴年中、天王社の号を賜ったと伝えられ、いわゆる諸国の天王社の本社として全国に約3,000の御分霊社があります。御鎮座以来、歴代の武門貴賊から篤く尊崇されましたが、殊に戦国時代津島の隣り勝幡城出身の織田氏は、当社を氏神と仰いで造営その他に協力し、秀吉公を始め豊臣一門は織田氏に続いて社領を寄進し造営を授けるなど尊信し、現在の重要文化財指定の楼門は天正19年(1591年)秀吉公が寄進され、また愛知県文化財指定の南門は慶長3年(1598年)秀吉公の病気平癒を祈願して秀頼公より寄進になったものであります。又現在の御本殿は慶長10年(1605年)清洲城主松平忠吉公(家康の四男)の病弱を憂えた妻女政子の方の寄進になった建物で重要文化財に指定されております。正保4年尾張藩主徳川義直公は社領として津島向島の地で高1,293石余を寄進し後に将軍家綱公の朱印状を以って幕府寄進の神領地となり明治維新まで続きました。幕末光格天皇以降、朝廷内々のお沙汰を以ってしばしば歴代の主上親王様方のご祈祷を仰付けられ又有栖川宮家のご祈祷所をも仰付けられました。明治6年県社に大正15年国幣小社に列せられましたが、終戦後この制度は廃止されました。
【※看板『津島神社由緒あらまし』より出典】

【南門前立て看板】
【津島神社【愛知県津島市】▲】

この神社には他にもこんな神様が…1/2

【※立て看板より出典】
【※立て看板より出典】
【南門側から本殿を撮影】
【本殿側から南門を撮影】

【弥五郎殿社】摂社

【弥五郎殿社と戸隠社】

[御祭神]
*大穴牟遅命【▶︎大穴牟遅命ってどんな神様なの?参考】
*武内宿禰命【▶︎武内宿禰-Wikipedia参考】

[由緒]
津島神社社家紀氏の祖神「武内宿禰命」を祀る。
南北朝時代、南朝の忠臣楠正行と共に四條畷の戦(1348年)にて戦死した社家堀田一族の堀田弥五郎正泰が、生前当社を造替し、
大原真守作の佩刀(津島神社社宝 国重要文化財) を寄進したことから弥五郎殿社と呼称されている。
【※立て看板より】

【弥五郎殿社の立て看板】

【戸隠社】末社

[御祭神] 手力雄命【▶︎手力雄命ってどんな神様なの?参考】

【忍穂耳社と龍田社】

【忍穂耳社】末社

[御祭神]正哉吾勝々速日天忍穂耳命【▶︎正哉吾勝々速日天忍穂耳命ってどんな神様なの?参考】

【龍田社】末社

[御祭神] 志那津比古命【▶︎志那津比古命ってどんな神様なの?参考】

【庭津日社と塵社と久斯社】

【庭津日社】末社

[御祭神] 庭津日神(ニワツヒノカミ)家屋・庭園の神【※立て看板より出典】大年神の子【▶︎年神(歳神とも)、大年神ってどんな神様なの?】

【塵社】末社

[御祭神] 聖神(ヒジリノカミ)五穀豊穣の神【※立て看板より出典】大年神の子【▶︎年神(歳神とも)、大年神ってどんな神様なの?】

【久斯社】末社

[御祭神] 少名毘古那神【▶︎少名毘古那神ってどんな神様なの?参考】

【多賀社と熊野社】

【多賀社】末社

[御祭神] 伊邪那岐命(イザナギノミコト)【▶︎イザナギ-Wikipedia参考】

【熊野社】末社

[御祭神] 伊邪那美命(イザナミノミコト)【▶︎イザナミ-Wikipedia参考】

【稲荷社】末社

[御祭神] 宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)【▶︎倉稲魂命(宇迦之御魂命)ってどんな神様なの?参考】

【八柱社】摂社

【八柱社】

[御祭神] 五男三女御子神【※立て看板より引用】
アマテラスとスサノヲが誓約(うけい)を行い、生まれた五皇子(誓約後、五男神はアマテラスの子とされました)
*天之忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)末社【忍穂耳社】の正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(命)です
*天之菩卑能命(アメノホヒノミコト)
*天津日子根命(アマツヒコネノミコト)
*活津彦根命(イクツヒコネノミコト)
*熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)

【▶︎八柱神社の神様ってどんな神様なの?参考】

アマテラスとスサノオが誓約(うけい)を行い、生まれた三女神、(誓約後、三女神はスサノオの子とされました)
*多紀理毘売命(タキリビメノミコト)
*市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)
*多岐都比売命(タギツヒメノミコト)
【▶︎宗像三女神は、どんな神様たちなの?参考】

【八柱社の立て看板】
【神符守札授与所の裏手】

【稲田社】末社

[御祭神]櫛名田比売命(クシナダヒメノミコト)【▶︎櫛名田比売命ってどんな神様なの?参考】

【稲田社】
【稲田社の立て看板】
【大国玉社と若宮社と大屋津姫社】

【大国玉社】末社

[御祭神] 宇都志国玉命(ウツシクニタマノミコト)【▶︎大穴牟遅命ってどんな神様なの?参考】

【若宮社】末社

[御祭神] 尹良親王(ユキヨシシンノウ) 【▶︎尹良親王-Wikipedia参考】

【大屋津姫社】末社

[御祭神] 大屋津比売命(オオヤツヒメノミコト)【▶︎オオヤツヒ・ツマツヒメ-Wikipedia参考】

【荒御魂社】摂社

【荒御魂社】

[御祭神]建速須佐之男命(荒御魂)【▶︎建速須佐之男命ってどんな神様なの?参考】

[由緒]
元は蛇毒神社と称し八岐大蛇の御霊を祀っていたと伝えられる。【※立て看板より】

【▶︎スサノオの荒御魂・和御魂・奇御魂・幸御魂の御前でオススメする一考…】 

【荒御魂社の立て看板】

神の荒々しい側面、荒ぶる魂『荒御魂』は、
別の神に見えるほどの強い個性が表れ、同一の神であっても別の神名が与えられたり、別に祀られていたりするそうです。
その荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂とされているそうですから、宝くじ当選祈願等、現実的なお願いは、荒御魂は得意であると見て良いと思われます。
神は、気に入った人間の魂に、語りかけられることが度々あります~この様な神託の殆どが荒御魂を祀る神社で授かるそうです。【※▶︎荒魂・和魂-Wikipedia 引用】

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